「事例インタビュー」は、気象データを実際に活用されている企業様等へのインタビュー記事です。
~鉄道の運行・管理における気象データ活用~ 列車の効率的な運行を支える気象データ
- 九州旅客鉄道株式会社 様
- 株式会社ハレックス 様
九州旅客鉄道株式会社では、列車の運行管理の効率化のため、株式会社ハレックスが提供する気象データの収集・監視用のアプリケーション「HalexForesight!」を活用しています。 今回は、九州旅客鉄道株式会社 運行管理部の那須正則様と、株式会社ハレックス 営業部の木村貴之様から、鉄道の運行や安全管理における気象データ活用についてお話を伺いました。
JR九州 那須正則 様(左)とハレックス 木村貴之 様(右)
●初めに、自己紹介と、各社の事業のご紹介をお願いします。
【九州旅客鉄道株式会社 那須正則様(以下、「JR九州 那須様」)】
JR九州で、運行管理部の輸送指令長をしております、那須と申します。
輸送指令は、列車の運行管理を担っています。列車に遅延が出た場合にどの列車を優先して運行するのか、列車同士のすれ違いはどうするのか、待避場所はどこにするのか、などを判断・調整する立場です。
運行管理部内で在来線16線区の運行の管理をしているほか、西唐津と大分、南宮崎、鹿児島に四つの地区指令があり、それらと連携しながら、九州全体の輸送管理を総合的に行っています。
【株式会社ハレックス 木村貴之様(以下、「ハレックス 木村様」)】
株式会社ハレックスの木村と申します。
弊社はNTTデータグループに属する気象会社で、ITや情報処理分野の強みを生かして、お客様のニーズを踏まえた気象情報や気象データの提供を行っています。
私は営業部に所属しており、各企業の気象に関する課題等をお伺いし、その解決をお手伝いさせていただいております。
●ありがとうございます。まずは、列車の運行管理と気象との関係について教えてください。
【JR九州 那須様】
みなさんご存じのとおり、気象状況は、列車の安全運行に直結します。
大雨による浸水害や土砂災害、強風、雪害、濃霧などの状況に応じて、列車の速度制限や運行停止などを行うため、弊社では、気象の監視を常時行っています。
気象庁やNHKなど外部から気象情報を収集するだけではなく、自ら列車の路線上に雨量計や風速計等を設置して、雨量や風速の観測も行っています。そして、一定以上の値を観測または予測した場合に、列車の速度制限や運転見合わせなど、運行予定の見直しを行っています。
ハレックス社には、これらの気象関連データの情報収集に協力いただいています。
具体的には、「HalexForesight!」というアプリケーションを通じた情報提供と、気象予報士による気象解説サービスの二つです。普段は前者のアプリケーションで情報を確認しつつ、顕著な現象が予測される状況などでは、必要に応じて気象予報士に補足をいただいている形ですね。
●ありがとうございます。それでは、ハレックスが提供しているサービスについてお伺いしたいと思います。まずは「HalexForesight!」について教えてください。
【ハレックス 木村様】
「HalexForesight!」は、一言で言えば、現在の気象データやその予測など、様々な気象情報をひとつの画面で閲覧できるように整理したアプリケーションです。
気象庁ホームページをはじめ、気象データは色々なところで確認できますが、これらのサイトから、自分たちの知りたい情報を集めてくることは、結構大変です。気象庁ホームページひとつとっても、雨の予想を見たければ雨の情報を表示させ、風が気になったら風の情報を表示させなければなりませんので、
・雨と風が強くなるタイミングはいつだろうか。
・地域が変わると、タイミングはどれくらい変わるのだろうか。
・大雨の予想だけど、浸水や洪水、土砂災害まで想定しておいた方がいいだろうか。
と、知りたい情報が増えれば、確認すべきページがどんどん増えていってしまいます。
一方で、これらの情報を「お客様が知りたい情報」を軸に表示を整理すると、情報収集の効率は格段に向上します。例えばJR九州さまの場合は、各路線の状況を知ることが目的ですので、路線に沿うような形で情報を表示・確認できるといいですね。
「HalexForesight!」では、各路線に設置されたJR九州さまの雨量計や風速計の地点ごとに、雨や風について、5日先までの予想を確認できるようにしました。さらに、雨量や風速が基準値に達する予測があった場合には、アラートでお知らせするような機能もあります。
「HalexForesight!」のイメージ
(上)複数の監視地点の風等の状況が一覧できる画面
(下)特定の監視地点について時系列で詳細に表示する画面
●多くの気象情報を、JR九州が必要とする形に整理されていったのですね。具体的にはどのように情報を加工していったのでしょうか。また、その他に表示等で工夫した点があれば、合わせて教えてください。
【ハレックス 木村様】
情報の加工は、JR九州さまの観測地点の緯度経度情報に合わせて、他の情報を抜き出して並べていくような形で行っています。
例えば、気象庁が提供する雨の予測情報は、緯度経度で区切られた格子情報として、最小250メートル間隔で提供されています。これを、雨量計が設置されている部分の格子データを抜き出して、予測データの基本としています。このように、要素ごとに必要な処置を施して、一つの画面に整理していきました。
そのほか工夫した点として、観測データと将来予測データを、シームレスに閲覧できるようにしました。この二つのデータは、過去の気象現象の実測値と、シミュレーションによって計算された未来の予測データということで、本来は全く別物の情報ですが、JR九州さまの目線に立つと「これまでと比べて、これから風は強くなるのか?」など、変化が大切になってきますので、うまくつなぎ合わせて表示するべきだと考えました。
●利用者の目線を大切にして開発されたのですね。アプリケーションの開発はどのような流れで行ったのでしょうか。また、どれくらいの期間がかかったのでしょうか。
【JR九州 那須様】
最初に、弊社からハレックス社に必要な情報や表示方法などの条件を提示し、それをもとにハレックス社に具体化していただきました。プロトタイプ版ができた後も、細かく調整を行い、半年くらいかけて今の形が出来上がりました。
●アプリケーションの導入前は、JR九州ではどのように気象データを収集されていたのでしょうか。
【JR九州 那須様】
導入前までは、気象庁、NHK及び、民間気象会社からの気象情報を収集していました。
天候が悪くなりそうなときには、自社の雨量計や風速計のデータの監視に加えて、収集した情報から判断を行っていたため、これらの確認は時間コストが大きく、また情報の見落としも発生してしまうなど、不便を感じていました。
●「HalexForesight!」導入のメリットは大きそうですね。
【JR九州 那須様】
非常に大きいです。
必要な情報が一画面に集約されていますし、アラートが出たらチェックして確認する、というような形になりましたので、情報との接し方は劇的に変わりました。監視コストの削減は大きなメリットです。
●他にもメリットはありましたか?
【JR九州 那須様】
いくつかあるのですが、特に大きなメリットとして、悪天の前に運行停止の判断ができるようになったことがあります。
「HalexForesight!」導入前は、運行中に突如停止基準超過のアラームが鳴動してしまい、山の中で列車を緊急停車せざるを得なくなったり、お客さまに線路を歩いていただくようなこともありました。このような事例が年に数回程度あったのですが、「HalexForesight!」導入後は一切なくなりました。予測データという根拠があることで、事前に止める判断ができるようになったためです。
他のメリットとして、社員が気象に対して興味を持つようになりました。
「HalexForesight!」内で天気図も確認できるのですが、それを見た現場で、翌日の低気圧の影響についてなど、気象に関する話題が挙がるようになりました。社員が率先して気象状況を意識するようになったことは、運行管理上の大きなメリットだと捉えています。
●「HalexForesight!」について、今後の課題などはあるでしょうか。
【JR九州 那須様】
アプリケーションの仕組みについては、かなりうまく作っていただけたのですが、予測精度の向上を引き続きお願いしたいと思っています。特に、風についてはまだ精度に課題があると感じています。
【ハレックス 木村様】
風は地形の影響を大きく受けるので、ピンポイントでの予想が難しい現象の一つです。このため、雨などに比べて、実際のデータと予測のデータとの乖離が大きくなりがちです。
精度向上のために、観測データと予測データとの差を分析して、予測の係数を調整するなど、トライアンドエラーを重ねています。気象庁からの大元の予測データ改善にも期待したいところです。
●ありがとうございます。
続いて、気象予報士によるサポートサービスについて伺います。こちらはどのようなサービスでしょうか。
【ハレックス 木村様】
「HalexForesight!」は、アプリケーションを通して最新の気象情報やその予測をお届けするサービスですが、これだけだと、微妙なニュアンスが伝えきれません。
先ほど予測精度の課題のお話がありましたが、一口に「精度に課題がある」といっても、時間がずれるのか、強さが違うのか、それとも場所が違うのかによって、影響や対応は様々です。そういったシステムでは賄いきれない部分を、気象予報士という専門家の力でカバーしています。
具体的には、台風や大雨、大雪など、運行に大きな影響を与えるような状況が予測される場合にWeb会議を実施し解説を行います。また、それ以外にも、JR九州さまからご質問があった場合などには、電話やメールを通して解説を行っています。
このように弊社では「HalexForesight!」と「気象予報士による解説」という、システムと人の両輪で運行判断を支えています。
●気象予報士の解説サービスはいかがでしょうか。
【JR九州 那須様】
雨の降り方はどうなのか、特に影響が強くなる時間帯はどこなのかなど、アラートだけではわからない部分を丁寧に解説頂けて、大変ありがたいです。
また、九州出身の気象予報士の方も多く、地域の名前や特徴なども把握してくれていて、ちょっとした疑問にすぐに答えてくれることも助かっています。
【ハレックス 木村様】
気象予報士側にも、鉄道ファンは多く、鉄道の運行管理に携われることを光栄に思っています。(笑)
●最後に、両社に1つずつ伺いたいと思います。まず、ハレックスが思う、気象データ活用の未来について教えてください。
【ハレックス 木村様】
JR九州さまの運行管理に限らず、現場のオペレーションにおいて、気象や防災の情報が何らかの判断基準になっているケースはしばしばありますが、一方で、そこをシステム化している事例はまだまだ少ないように感じています。
弊社には、気象情報とデータ活用のノウハウがありますので、色々な業種の企業をサポートして、気象データがより身近に使われていくような社会になればよいと感じています。
●JR九州に伺います。今回のハレックスとの取り組みを踏まえた、今後10年、20年後の運行管理の未来の姿について教えてください。
【JR九州 那須様】
我々の仕事の先には、常にお客さまのご利用があります。
第一に、お客さまを安全確実に、そしてより快適にお届けすることが、鉄道会社としての使命と考えております。
昨今、様々な分野で技術革新が進んでいますが、鉄道の分野においても、こういった使命をさらに高いレベルで果たしていくため、列車の運行を自動化したり、運行管理も自動で行われたりする未来があるかもしれません。
そしてそういった未来では、気象災害があればそれを検知して、自動で運行停止するようになるのでしょう。ハレックス社との取り組みは、こういった未来への第一歩といえるのかもしれません。
このためには、先ほどの風の話をはじめとして、線状降水帯や竜巻など、まだまだ精度を上げていくべき部分は多いように感じています。こういった気象情報の精度向上に、引き続き期待しています。