事例インタビュー<第六回>

「事例インタビュー」は、気象データを実際に活用されている企業様等へのインタビュー記事です。

~新電力における気象データ活用~  「タダ電」のユニークな料金体系を支えるデータ活用 

  • 株式会社エスエナジー 様
  • Weather Data Science合同会社 様

 株式会社エスエナジーでは、毎月の電気代が5,000円まで無料になる「タダ電」サービスを提供しています。タダ電の料金設定見直しの際に、Weather Data Science合同会社による、電力使用量の需要予測と売上予測データを活用しました。また、広告出稿の要否判断や、電力使用量が予測通りに推移しているかの分析など、現在も継続的に連携しています。 
 今回は、エスエナジー山根様と、Weather Data Science加藤芳樹様・加藤史葉様に、取り組みの詳細についてお話を伺いました。 


エスエナジー 山根裕輔さん(左)、Weather Data Science  加藤史葉さん(中央)、Weather Data Science 加藤芳樹さん(右) 

“電気がタダだったら面白そう”という思いから始まった「タダ電」 

● 初めに、エスエナジーの会社概要と、「タダ電」についてご紹介をお願いします。 

【エスエナジー 山根様】 
 エスエナジーは、新しいエネルギーサービスの企画・開発・運営を行う小売電気事業者です。 
 タダ電は、業界で初めて「電気をタダで販売する仕組み」を作ったサービスです。ユーザーは毎月5,000円分まで、電気をタダでご使用いただけます。5,000円を超えてしまった分に関しては、ご請求させていただいております。 

●「タダ電」はどうして5,000円まで無料で使用できるのでしょうか? 

【エスエナジー 山根様】 
 電気を5,000円以上利用される方への電気の小売りを主な事業として展開しています。安心してご利用ください。 

●「タダ電」を始めようとしたきっかけや、今後の予定なども教えてください。 

【エスエナジー 山根様】 
 電力業界では「1kWhあたり何円」という販売方法が主流であり、結局は価格競争になることがほとんどです。弊社はもともと電力業界に携わっていたメンバーが複数参画しているのですが、この旧態依然とした業界に面白いことができないか?と考えたのがきっかけです。 
 電気は日本に住んでいるほとんどの方が毎日使用し、当たり前のように電気代を支払っています。現在はあらゆる要素が絡み合って電気代が値上がりしていますが、弊社では「そんな電気がタダだったらどうだろう?」という想いからサービスの企画開発を進めました。音楽や動画配信サービス等では無料プランが存在するので、電気でもできるはずだと思いました。 
 今後の予定としては、まずはタダ電のユーザーを増やしたいと考えています。電力使用量が多い方など、すべてのユーザーがタダで電気を使用できるわけではないですが、1人でも多くの方にタダ電の面白さを感じていただきたいと考えています。 

●「タダ電」では、気象データはどのように活用されていますか。 

【エスエナジー 山根様】 
 電力ビジネスは気象ビジネスと言っても過言ではありません。日々の気象によって電力使用量が変動します。東京電力パワーグリッドをはじめ、複数の企業が日々の電力使用量の予報をしていますが、それはあくまで東京電力管内すべての需要の話であって、タダ電にはタダ電の傾向が存在します。 
 タダ電は従来から存在するサービスとは異なり「5,000円分」というところが大きなターニングポイントとなります。なんとか5,000円以内に使用量を抑えて、タダを達成したい!というユーザーも多いです。また、ユーザーにアプリを通して3時間ごとの個別の電力使用量を提供していますので、節電意識も高くなりやすいです。 
 今年の夏だと、タダ電ユーザーはどのくらい電気を使用するか?猛暑になったら、どのくらい使用量が増えるのか?想定されるミニマムパターンだと、どのくらいの使用量に落ち着きそうか?などをユーザーの電力使用データと気象データを組み合わせて分析しています。 

エスエナジー 山根裕輔さん

エスエナジーが料金体系を見直す際に、Weather Data Scienceのノウハウを活用。
同社が気象データ分析に加えて、電力業界の知見があることが役に立った。 

●Weather Data Science(以下、WDS)の会社の概要についてご紹介をお願いします。 

【WDS 加藤様】 

 気象に影響を受ける企業に対し、気象データを活用したデータサイエンスソリューションを提供しています。 
 具体的には、気象データとビジネスデータを掛け合わせたデータ分析やAIを開発することがメインですが、データサイエンス領域以外でも、気象に関するビジネスの困り事に対し、幅広く対応させていただいております。 

●エスエナジーがWDSと協業に至った経緯を教えてください。  

【エスエナジー 山根様】 

 タダ電の事業は2023年6月からサービスを開始しました。ただ、想定以上の申し込みがあったので一時的に新規申込受付を停止し、より多くの人にタダ電をご利用いただけるように料金プランの改定を行った上で、2023年8月に申込受付を再開しました。 
 事業開始から初めての冬を迎えるにあたって、「今の料金プランで良いのか?」「どれくらいの顧客数を受け入れられるか?」等を検討するため、 2023年夏の電力使用量データを基に、2023~2024年の冬の電力使用量の予測などを自社内で行っていました。しかし、電力業界は気象による影響が非常に大きい業界です。自分たちなりにも、気温と電力使用量の関係をグラフ化するなど、いろいろ検討しましたが、気象の素人ばかりの弊社では、なかなか正確に分析することができませんでした。分析ができないと予測ができません。予測ができないと事業計画の精度を高めることができません。そこで、気象の専門家視点でのアドバイスをいただける方を探していたところ、SNSを通してWDSの存在を知り、アプローチをさせていただいたのがきっかけです。 

●エスエナジーから相談を受けた際、どのようにお感じになりましたか。 

【WDS 加藤様】 

 ユニークなコンセプトで誕生したタダ電事業に対し、気象データ分析で経営判断をサポートできる、とても魅力的でエキサイティングな仕事だと思いました。 
 これぞデータサイエンティストの仕事であり、気象データアナリストだからこそ発揮できる気象ドリブンな成果をご提供しようと思いました。 
 もともと電力ベンチャーで働いていたことから業界の知識もあり、当事者性を持って共通言語でコミュニケーションできる強みも十分活かしたいと思いました。 

●具体的には、エスエナジーに対して、どのようなノウハウやサービスを提供していますか。 

【WDS 加藤様】 

 タダ電の電力需要データと、大手電力会社(旧一般電気事業者)がオープンデータとして公開している広域エリアの電力需要データと、気象データとを組み合わせた統計モデリング等、様々な手法を駆使して、タダ電のこの先の電力需要や売上予測、料金体系と季節変化との複雑な関係性におけるタダ電ユーザーの反応の分析などをお任せいただいております。 
 売上予測については、サービス開始から日が経っていないのでデータの蓄積が少なく、 特に冬季のデータがなかったので、予測手法を検討するのが少し大変でした。手法を考える際には、気象の知見と電力業界の経験をどちらも持っていたことが役立ったと思います。また、広告効果の分析等、気象に関係のない領域でもお仕事させていただいています。気象だけでなく、広告経由のユーザーかどうかも、電力の使われ方等の違いが出る要素になっています。 

● WDSの協力を得てよかった点は何ですか。 

【エスエナジー 山根様】 

 最もよかった点は、事業計画に芯が入ったことです。それまではなんとなく(とはいえ真剣に分析はしているのですが・・・)データを集めてそれなりの分析をして自分たちを納得させようとしていましたが、やはり自信を持って事業を進められるほどの分析結果は得られませんでした。 
 しかしWDSさんに専門的な分析をいただくことで、確かな計画をもとに事業を進めることができるようになりました。また毎月のユーザーの電力使用量を分析いただくことで、計画通りに進んでいるのか?分析の結果から大きく外れてはいないか?を確認しながら事業を進める体制を作ることができました。 
 また、WDSのお二人が非常に穏やかで、私たちも安心して相談ができる関係性が作れているのは凄くありがたいです(笑) 

●毎月継続して打ち合わせをされているのですね。打ち合わせでどのようなことを話しているのかもう少し教えていただけますか? 

【WDS 加藤様】 

 まず、今年の初めに、今年一年分の電力使用量と売上の想定シナリオを複数作成し、ご提供いたしました。これに対し、毎月のユーザーの電力使用量データをいただいて分析し、想定通り推移しているかどうか確認しています。 
 さらに、広告を経由しているか否かでどういう違いがあるか等の分析も行なっています。 

●「予測」だと、百発百中で当たるわけではないですよね。そのリスクはどのように捉えていますか? 

【エスエナジー 山根様】 

 自分で予測するよりは当たると思っています。また、専門家の分析結果という、一本信じられる筋がある中で事業を進められるので、お守りのような安心感があります。 

一見気象に関係ない仕事にも取り組む。
人間の行動に関することなら気象の解析にフィードバックがあるかもしれない。 

●気象とは直接関係がなさそうな広告の分析もされているのですね。 

【WDS 加藤様】 

 気象データを売るという業態ではなく、データサイエンスを用いて顧客に伴走する存在でありたいと思っています。今回の売上予測についても、気象や気候のデータを用いていますが、主役はユーザーの電力使用量データや電力系のオープンデータでした。 
 多くの人の活動が気象に影響を受けているはずです。一見気象に関係ない仕事でも、人間の行動に関することなら何らかの形で気象と関係し、気象の解析にフィードバックできることも多いと思うので、積極的に取り組みたいと思っています。 

【エスエナジー 山根様】 

 私たちとしても、「これ以上は所掌外なのでできません」と言わずに、課題に寄り添ってくれる方とお仕事がしたいと思っていました。最初は気象の分析をお願いしたいと思っていましたが、徐々にいろいろなこともお願いさせてもらっています。一緒に課題解決に向けた深堀をしてくれる方でとてもよかったです。 

Weather Data Science  加藤芳樹さん(左)、加藤史葉さん(右)

 

電力業界と気象は密接な関係。まだ活用の余地がある。 

 
●今後、さらにサービスを向上させていく際、気象データをどのように活用したいですか。 

【エスエナジー 山根様】 

 気象データの活用を始めてからまだ1年も経っていません。そのため、まだまだこれから見えてくるものが多くあると思っています。これが弊社にとっての財産になっていき、タダ電はもちろんですが次なるサービスの展開につながっていくかもしれません。 
 また、今はマンスリーで気象データを用いた分析を行っていますが、これをウィークリー、デイリーと落とし込んでいくことで、最適な需要計画(簡単に言えば、電気をどれだけ仕入れて、どれだけ販売するかの計画)を策定し、利益率の向上につなげていきたいと考えています。 
大まかに言うと、日々の電力の仕入れは電力を供給する前日までに決めないといけませんが、購入量の予測を外すとペナルティ要素のあるインバランス料金を支払わないといけません。 
 今は、過去の電力使用量と、曜日や気温の関係などを参考に、日々の電力の仕入れと供給を行っています。気象データの利用という意味では経験則に近い気がしますが、ここにも専門的な気象データ解析が入る余地があります。 

●タダ電以外の事業でも、気象データを活用する可能性はありますか。 

【エスエナジー 山根様】 

 あり得ると思います。電力ビジネスを行う以上、気象データは切っても切れない関係です。 
 タダ電以外のサービスを立ち上げる可能性はもちろんありますし、大規模な発電所の開発や、流行りの蓄電池を使ったビジネス、電気自動車のビジネスなどを検討する際にも、気象データは確実に用いることになると思います。 

● WDSとして、タダ電や、エスエナジーの他のサービスにおいて、もっと気象データが活用できるとお考えでしょうか。 

【WDS 加藤様】 

 はい。エスエナジー山根様の仰る通り、電力ビジネスを行うために気象は最も重要な要素だと思います。 
 電力需要は人が気象から影響を受けての電力消費行動であり、もう一方の電力供給側、特に再生可能エネルギーの発電出力予測は、ほぼ気象を発電量に翻訳するような技術です。そして、これらの延長線上に、蓄電池制御や、電力取引価格があったり…という具合に、電力マネジメントの仕組みを合理的に駆動させるコア要素も気象であると考えています。気象データをうまく使えれば、電力ビジネスの最適化が実現するはずです。 
 エスエナジーがタダ電以外の電力ビジネスを展開するにあたり、必要としていただけるなら、私たちは気象技術を携えしっかり伴走させていただきます! 

●気象庁や気象情報サービス会社などが提供している気象データに関して、改善・拡充などの要望はありますか。 

【WDS 加藤様】 

 気象の影響を大いに受ける電力業界では、数値予報をはじめ様々な気象データプロダクトを活用し、大きな成果を上げられる余地があると感じます。 
 一方で、電力業界には「30分同時同量」という揺るぎない原則があります。これは貯蔵が困難な電力の需給を適正にするための制度で、エスエナジーのような小売電気事業者は、需要計画と実績を30分単位で一致させないといけません。これに対し、気象庁の主な予報プロダクトとして、時空間的に細かい順に、LFM、MSM、GSMがありますが、そのうち30分毎にデータが公開されているのはLFMくらいなので、せめてMSMも30分毎に公開いただけると、ビジネスでの気象データ活用の幅が広がるので、是非ご検討いただきたいです。 
 また、気象の不確実性に向き合わなければならないビジネスに対し、今後私たちはアンサンブル予報を活用したソリューションを展開していきたいと考えており、アンサンブル予報の時間解像度をもっと上げていただけると助かります。可能であれば30分毎のアンサンブル予報をご提供いただきたいです。 

Weather Data Science 加藤芳樹さん(左)Weather Data Science  加藤史葉さん(中央)、エスエナジー 山根裕輔さん(右) 

●最後に、このインタビュー記事を読んでいるWXBC会員のみなさんにひとこと、アドバイスをお願いします。 

【エスエナジー 山根様】 

 弊社は旧態依然とした電力業界で何か面白いことをしたいと考え、タダ電の企画・開発・運営を行っています。1kWhあたり何円で販売するありきたりな販売方法であれば、リスクを小さくすることができますが、タダ電のようなリスクある販売方法となると裏側でどれだけリスクをヘッジできるかがポイントだと考えています。 
 WDSさんのお力を借りて、自社のユーザーの電力使用量をある程度先行して把握できることは非常に重要なポイントであり、今となってはWDSの気象データを用いた分析無しでは自信を持って事業を行うことができません。 
 弊社はこれからも気象データを味方につけて事業を推進していきます。1人でも多くの方に、タダ電という面白いサービスに触れていただきたいです。 

【WDS 加藤様】 

 エスエナジーのように、気象データを活用することで、様々なビジネス課題を解くことができる可能性が大いにあります。未来の状態を科学的に見通すことができるのは気象だけだと思います(ちなみに人口動態も科学的に予測可能ですね)。 
 ビジネスが気象に左右されているとの認識があるのに、有効な手立てを打てていない企業の皆様には、ぜひ気象データを活用した取り組みにチャレンジしていただきたいし、私たちにお手伝いさせていただければと思います。